言語の系統は簡単には決められない


地理の問題がもはや地理じゃないと話題→いやいやこれめちゃくちゃ良問だぞ!! という話に野暮かも知れませんが言語学サイドから口出し

私なんかの出る幕では全くないのですが、たまたま今学会シーズンで言語学の先生たちは飛び回っているところだし誰も触れないで流してしまうとあれなので、最低限のフォローをしておきたいと思います。突込み歓迎。(但し私も今せっぱつまってるとこなのでお返事できるとは限りません)

一般向けの参考文献はこのあたり

言語学の誕生―比較言語学小史 (岩波新書)

言語学の誕生―比較言語学小史 (岩波新書)

言葉を復元する―比較言語学の世界

言葉を復元する―比較言語学の世界

双方とも超スーパーウルトラ良書ですが簡単に読めるものではないので(特に後者は言語学の基礎知識は必要です)専門家じゃないけど気合入れて読んでみようという方にお勧め。しかし言語の系統をいうなら「言語学の誕生」ぐらいは読んでいないと話にならないところです。歴史比較言語学というのは非常に長い積み重ねと慎重な方法論、方法論自体の改良が重ねられてきたもので、素人の口出しをはじきかえすとんでもなく強力な壁があるので、こっちもドリルぐらいの装備が必要です。上の2冊を読むとドリルが、系統だった知識と全体の文脈を俯瞰する視野と何よりも膨大なデータを死ぬまでかかっても調べつくすぞという、のみで向こうに通じるまでトンネル掘るぞぐらいの根性が必要とされることがわかります。しかし私らはそういう先人の努力のおいしいところだけいただくことが可能なので、頭からスペイン語、イタリア語はラテン系、ポーランド語はスラブ系、オランダ語はゲルマン系と知っているわけです。それは悪いことではありません。ただ、それは先人の血のにじむような(これが決して大げさではないことは文献を読めばわかります)努力の結晶であることに対する敬意は必要だと思います。

それは決して、フランスとスペインは近いから系統同じじゃね?とかいくつかの語彙が似てるよねとかの思いつきから導けることではない。ブクマでも書きましたが言語学の知識が貧弱な私たちでもすぐわかることを指摘しておきましょう。
(1)似ている語は借用語の可能性がいつもあります。100年後に日本の子ども達が親を指す語彙がパパとママしかなくなったとしても日本語と英語は同系統ではない。パプアニューギニアには「ありがとう」が「ダンケ」であるような言語がありますが、決してドイツ語と同系ではない。概念ごと借用したのです。

そんなこと言い出したら全部の単語が比較できなくなるんじゃないかという疑問に対しては音変化や文法関係の対応を厳密に比較検討していくことで可能になるのだと、その辺りは言語学の知識がなくてもわかるように「言語学の誕生」には書かれていますので興味のある方はご覧ください。大事なことは、いくつかの単語を並べただけで語彙が似てる→系統同じと決め付けないことです。今回の問題について借用語じゃねーのと言っているのではありません。それはたまたま同系統の語が分岐してそうなったのかもしれない。方法論として「単に語彙が似ているからといって系統が同じと決め付けてはいけない」と言っています。

次に
(2)地理的に近い言語が系統が近いとは限りません。これは単純に今出ている言語地図を見てもわかることです。そもそも言語の系統樹やインド・ヨーロッパ語族という概念ができたのは、インドのサンスクリットが知られたことに端を発します。なんでこんなに遠くにこんなにヨーロッパ語にそっくりの言語がある(あった)んだよ!という驚きから言語学は誕生したといっても過言ではありません。これも結果として同系統の言語が近くに集まっていることは全く不思議ではありません。しかし地理的に近い事実の方から言語の系統を導くことはできません

知識として言語に系統の区別があり、それが地理的な分布にもある程度反映されているということが出題されてもよいと思います。しかし言語の系統を調べることについて、その真似事を学生にやらせるのであれば、正当な方法論の基本を学ぶところからやらないとでたらめでもなんでもやり放題になってしまいます。もう周知されている知識で遊ぶのはよい、しかし方法論をもてあそんではいけない。

上の問題については「こういう知識があればこうやって解けるよ!」はいいと思います。知識の問題であれば。知識は大事ですし。しかし似てるとか語形が長いとか言い出した途端にそれは方法論の領域に踏み込んでいます。何語が何系とかいうことについても厳密な方法論について長い長い研究者たちの積み重ねた歴史があります。今も世界中で続けられている研究です。安直に近いね、似てるねでやっていけるものではない。方法論を学ぶことから始めなくてはならないと思います。

急いで書きました。足りないところや変なところがあれば突っ込んでいただければ幸いです。