素人は黙るな。あるいは信頼できる論者について、お前がいうな、的な。

前回のエントリに思いがけず大きな反響をいただいたので、補足を兼ねて、ずっと前に書くと言いながら書いていなかった宿題を書きます。

まず、前回のエントリでは言葉の足りない点もあったかと思いますが、勿論「素人は黙れ」と言いたいのではありません。そんなこと言ったら一番に自分が黙らなきゃいけなくなるし尊重すべきは専門家集団の知見の集積であって、たまたま職業研究者というだけの人とかそれに近い個人ではない。職業研究者がいい加減なことを言うほうが素人がでたらめを言うよりももっと罪深いことも往々にしてあるし、私はど素人ですが素人からみてあかんやろと思う専門家もいる。それはアマチュアであろうと素人であろうと指摘でも問題提起でもすればいい。残念ながら、素人にもわかるようなええ加減なことを書く専門家もそれは確かにいる。しかし、何かをで少しでも勉強してみようと思えばまず、学問のほとんどありとあらゆる分野には大げさでもないと思うんだけど天地開闢以来の営々とした真理探究の営みがあることに気づく。それは、各分野の天才秀才凡人その他が試行錯誤を重ね、議論を重ね、更新に更新を重ねて築き上げてきた知見の集積で、たとえば通説をひっくり返すことができるような天才であったとしても、まずはその先人の行跡をよくよく検討して研究するところからでなくては、さらに新しい知見を加えることはできないのではないか。ということで、素人が何を言ったっていいんだけれども先人の業績を見もしないで思い込みでいい加減なことを言うのは恥ずかしいし批判されても当然だと思う。(と偉そうなことを言っている私自身がここでいい加減な知識を振り回して自爆した過去はスルー・・・ではなくて、この点「お前がいうな」というご指摘があれば謹んで甘受いたします。)

さて、以前に過去の「黒歴史」に言及したエントリid:mizuki-yuさんから次のようなブックマークコメントをいただいていた。(私のエントリからの引用部分を斜体にしました)

ネットにこれほどの知見が埋まっていることに驚愕して/ネットの先人たちに教えを請う」ここだけ読むとこれはこれでアレだが・・・問題はこの「感覚」なんじゃ・・・

これはこれでアレだというのは、つまり、このエントリでは「週刊金曜日」に書かれていることを無批判に真に受けていたのを反省しながら、次はネット情報を真に受けてネットの知見に驚愕して染まってるようじゃ信奉の対象が変わっただけでおんなじなんじゃないの?という意味かと思う。

確かに、そのエントリでお名前を挙げた黒影さんやNATROMさんのブログ記事を何の断りもなく信頼できるものという前提で書いているのは、配慮が足りない点があるだろう。上に引用したような感想を抱かれるのももっともなことである。その反省もあって、同じ記事にコメントをいただいた方とのやりとりの中でこういうことを書いた。

黒影さんやNATROMさんのエントリなどを、原則として(あくまで原則です)信用できるものとみなしているのはなぜかについては、後ほどエントリにいたします。

何ヶ月も経ってしまったけれどもいまさらながら、この宿題を果たしたい。

まず、黒影さんでもNATROMさんでもその他私が肯定的に引用するどんな人でも、個人を知って信用しているわけではない。信用しているのは個人ではなく、その個人が属するもしくは依拠する専門家集団とその知見の集積、学問の体系である。そして、この人はどのような学問の体系により、どのような専門家集団に属しているのかは、「専門家」と目される人々は通常明らかにしている。なにも履歴書を公開していなくても、「専門的なことに触れたエントリでの引用文献」「他の専門家ないし詳しい人々から評価」を見れば論者が「現時点までの、専門家集団からおおむね妥当な説と認められている知見(プラスその論者の見解)」を述べているのかどうかぐらいは判断がつく。通常、ブログなどで一般向けに公開されている文章は、その専門家個人の独創的な知見というわけではない。そんなもんがあったら普通はブログではなく論文を書くだろう。素人にとって大事なのは、独創的な見解よりもおおむね妥当と認められる見解である。独創的な方は専門家たちに認められてからでも素人が知るには遅くないだろう。

というわけで、引用文献が専門家集団からの評価が高いもので誰でも参照でき、他の専門家からも認められている論者については専門分野に関する限り信頼している。勿論そういう人でも間違いもありうるのは当然のことだし、専門外のことについてはほかの素人と同様の立場で特に信頼できるというわけではない。

結局「専門家が偉いのではなく、築き上げられた知見の集積が偉大」「個人が信頼できるのではなく学問の体系と専門家間の評価が信頼できる」「素人が何を言っても構わないが通常プロにはかなわない。いい加減なことを言えば批判を受ける」となんか当たり前すぎてつまらない結論になってしまった。

個人的には、もし専門家に批判してもらえるならそれは非常にありがたいことだし、素人だから黙るのではなくて素人は素人なりに専門の知見を尊重しながら不遜なことを言い続けたい。素人は黙らなくてもいい。むしろ黙るべきではない。専門家からみて侮れないなと思われるような素人になれたら格好いいなと思うけれども、また「いい加減な知識を振り回しました。ごめんなさい」と言わなくてはならないようなことをやらかす危険のほうが高いだろう。精進を重ねたいと思う。