いつしかも日がしづみゆきうつせみの

斎藤茂吉の遺作とされる歌を引いて、北杜夫はこう言っている。

いつしかも日がしづみゆきうつせみの われもおのづからきはまるらしも

私も一刻も早く極まりたい。

マンボウ最後の大バクチ」新潮文庫96ページより

大体、この方は10年以上も昔から明日にでも死ぬようなことばかり書いていた。人間そう簡単に極まれるものではないようであるがついに彼の岸へ旅立たれたという訃報をきいてしばらく経つ。

私は北杜夫はどくとるマンボウよりも、「純文学」よりも、父斎藤茂吉の評伝が特に岩波現代文庫に収録されている四部作がすばらしいと思っている。歌人斎藤茂吉の凄さは私にはわからない。しかし北杜夫の描く人間斎藤茂吉を通じて、教科書で教えられるという形でしか出会うことができなかった短歌の数々が、この稀有な歌人の人生に裏打ちされた詠唱であることを知る。そこでまた己の人生に思い巡らせて歌を愉しむのは門外漢であろうとも、愉楽と呼ぶにふさわしい。

短歌の良し悪しはわからないなりに、斎藤茂吉が天才と呼ぶにふさわしいことはおぼろげに理解できる。そして何かに秀でた才覚を持ち、それを天下に明らかにする人はしばしば奇人であり、わがままであったり癇癪持ちであったりするけれども、天才ゆえに周りはそれを許容する。しかし近しい人々、特に家族はたまったもんではない。茂吉の奇人ぶりも堂々たるものでよくもご家族にはこの天才を許容していただいたと有難く思うのだがしかし、他人事としてみればこれほど面白いものもない。あの魂を揺さぶるような詠唱を残した歌人がこんなとんでもない頑固親爺であったとは、一体人間の才能というのはどのように生まれ育まれ開花するものなのか。

茂吉四部作ではまた、茂吉が殊の外食べ物に執着を示したことが記述されている。特にうなぎは大好物であったものが、しかし「茂吉晩年」では

ひと老いて何の祈りぞ鰻すらあぶら濃過ぐと言はむとぞする


「茂吉晩年」岩波現代文庫170ページより

という歌が引かれている。若い頃にはあれほど好きだった、いくら食べても食べ飽きることなどあるまいと思われた鰻が「あぶら濃すぎる」と思われるようになるとは。率直な老いの感懐であるが、私もこれこそが老いというものであり、若さに奢っていた人が老いを知りやがて来る死を思う道のりであるとさえ思う。大歌人であろうとも、好きだった鰻があぶらっこ過ぎて食べられなくなるのだ。

また、山形出身の茂吉の言葉として随所に引かれる山形弁も慕わしい。あるいは有名な「死にたまふ母」の連作などの英訳が載せられていたりするのも興味深い。

ともあれ、私が言いたいのは北杜夫はどくとるマンボウだけじゃないですよ、ということであるのだが、まあそんなことはみんな知っているけれど言わないだけだろうし、最後に少しマンボウに触れよう。

私は圧倒的に「青春記」が好きで、それ以外のはほとんど忘れてしまった。ずっと忘れていたのだが、ただギャンブルが好きなので「マンボウ最後の大バクチ」というのを見て思わず買ってしまった。

大体、私は万馬券というものを取ったことがない。これらを取らずして、どうして生きてゆけるのか、この地球上で呼吸をしている資格はないとまで私は考えるのだ。

マンボウ最後の大バクチ」新潮文庫147ページより

だから死んじゃったのか...という訳ではないと思うが、この見解には諸手を挙げて賛成したい。ちなみに私も万馬券を取ったことはないが50倍の単勝を取ったことはある。忘れもしない有馬記念メジロパーマー単勝を一点で当てたのだけど、惜しむらくは100円しか買っていなかったのだった。だってまさか来ると思わなかったから。競馬ももう十年以上はやっていない。

いつしかも日がしづみゆきうつせみの、遅かれ早かれ極まる日は来るわけだけれども、その日がくるまでの短い人生に北杜夫氏の著作に親しめたことを幸いに思う。

安らかにお休みください。

マンボウ 最後の大バクチ (新潮文庫)

マンボウ 最後の大バクチ (新潮文庫)

青年茂吉―「赤光」「あらたま」時代 (岩波現代文庫)

青年茂吉―「赤光」「あらたま」時代 (岩波現代文庫)

「茂吉彷徨」と「壮年茂吉」は岩波現代文庫版がアマゾンになかったので紹介しない。