論理的に違うって何?
宿題をしてこなかった人はお仕置きです。
さて、昨日の宿題は単に「全然違う」ことと「論理的に全然違う」こととはどう違うのか?というものでした。再度引用させていただきましょう。
「反証可能でないものは非科学」と「反証可能なものは科学」は論理的に全然違いますよね。
試しに「論理的に」を取ってみる。
『「反証可能でないものは非科学」と「反証可能なものは科学」は全然違いますよね。』
これはこれではっきり意味が通じる。上の引用と今「論理的に」を取った文章を比べてみても、なんだか同じことを言っているような気がする。では「論理的に」ってのはあってもなくてもどっちでもいいのか?次の文ではどうでしょう。
a.カニとカニ風味かまぼこは全然違いますよね。
b.カニとカニ風味かまぼこは論理的に全然違いますよね。
a.はよくわかります。おい、明日カニおごってやるぞと言われたら大喜びだけど、明日カニ風味かまぼこおごってやるぞと言われても残念なだけです。いや、カニ風味かまぼこにはいつも弁当の時お世話になっていておいしくいただいているのだけれど、カニとは確かに全然違う。味が違うし値段も違う。事実としてはっきりとくっきりとその2つは違うのだけど、「論理的に違う」と言われるとどうなんでしょう?意味がわかりません。
では、これはどうでしょうか。
c.カニじゃないのとカニかまぼこじゃないのは全然違いますよね。
d.カニじゃないのとカニかまぼこじゃないのは論理的に全然違いますよね。
さっきのb.と今のd.を比べてみてください。b.は何言ってるのかさっぱりわからなかったのに対して、d.はなんとなく、これなら意味が通じるような気がしませんか。それはどうしてでしょう?
少しカニかまぼこを離れて先の反証可能の話に戻りますが、この文章は次のような形をしています。
○○でないものは非××と○○なものは××は(論理的に)全然違いますよね。
この○○と××に何か別のものをつっこんでみましょう。
「ハゲでないものは非モテ」と「ハゲなものはモテる」は全然違いますよね。
前者だと、もしモテる人がいたらその人は必ずハゲなわけです。なにしろハゲでないものは皆非モテなのですから。しかし後者の場合、ハゲなものはモテるとして、ふさふさな人はモテるのかモテないのか一向にわかりません。ハゲですらかつモテるいわんやふさふさにおいてをやなどと勝手に決め付けてはいけません。世の中にはハゲ好きな人もいればハゲかどうかではなくて私にとって大事なのはお金だとかまごころだという人もいるという問題ではなくて、「ハゲなものはモテる」という言明は、ハゲでないものについては何も言及していないからです。ハゲでない人のことなんか知ったことではないのです。
図を描いてみましょう。
これ、数学の集合で習うベン図なんですけどよろしいか。宿題の答えはまだ解明されていませんが、とりあえず今日はこの辺りにしてこの続きはまた明日。