ムーミンパパ凄い

なんとなく、といいたいところだがゲスい野次馬根性があったのは否めない。元官房長官武村正義氏は私が物心ついた頃から故郷を離れるまでずっと滋賀県知事だったし、政界を引退されて久しくなるとはいえ近年になってその息子が大麻で逮捕されたというのは滋賀県では大事件だった。著者は息子の妻のみゆきさんで、自身も逮捕されてから夫の裁判が終わり夫が薬物やアルコール依存症から抜け出すに至るまでのドキュメンタリー。図書館でふと手にとって読み始めたらやめられなくなった。よい本だったのでご紹介したい。

それでも家族 夫が大麻を育てた日

前半は夫が所持していた大麻を捨てたということで共謀を疑われて著者が逮捕され、容疑者として拘留されてから不起訴になって釈放されるまでの記録である。明るい筆致で読みやすい文体に引き込まれて読み進むと容疑者がウソの自白を誘導される過程などが体験を元にリアルに綴られていて、ゲスな好奇心なぞどこかへ飛んでしまう。筆者は現実に夫が隠していた大麻を山に捨てたということだが、同室の女性のケースは、本人の主張どおりだとすれば、何もしていないのに前科一犯がついてしまった例でこれは誰でも大いにありうるし怖すぎる。こんな自白をさせるノウハウがあるならば取調べの可視化を警察が渋るはずである。取調べなんかされる予定がないから可視化なんか私には関係ないとは誰も言えなくなる。その一方で看守の、拘置所の看守というのは警察官が交代で勤務にあたっているということだが、仕事も容疑者の方がましだと思えるぐらい大変なものであるのが描写される。容疑者という立場で書かれた文章によって看守の労働条件を考えさせられるというのは筆者に優れたルポライターの視点があるからだろう。

淡々とした事実の描写の中に自白誘導の問題、有名人の家族をめぐる過剰報道の問題、そして薬物やアルコール依存症への対処の問題が提起されいずれも考えさせられることが多い。執行猶予の判決を受けた夫が、その薬物依存から立ち直るために家族はどうすればいいのか、専門医との対話は圧巻である。薬物というと恐ろしいように思われるがタバコやアルコール、ギャンブルなどへの依存は私らの身近にいくらでもある。しかしそれに対するケアについての知識は苦しんでいる人が多いわりには無知であったり無関心な人が多いのではないか。私自身かつてはギャンブル依存だったし今はネット依存としかいいようのない生活である。全く他人事ではない。

文中で「父」として語られる武村正義氏は、政治家時代からムーミンパパと呼ばれていた親しみやすいキャラクターであったが、やはり凄い。この本は決して氏のことがメインで書かれているのではないのだが、読み終わってみると政治家であるか否かを問わず人間として尊敬せざるを得なくなっていた。執行猶予がついたとはいえ有罪判決を受けた家族を持って筆者も子どもたちもそして夫本人も、卑屈にもならず堂々と生きられるのは、本来それは当然のことではあるけれども、いかにこの私たちの社会がそれができにくい社会であるかを思えば、武村氏の人徳によるものは大きいと思わずにいられない。息子の裁判に臨んで「息子は刑務所に行ったほうがよい」と言っていたというお母さんも只者ではなさそうだがムーミンパパやっぱり凄い。素晴らしい。

扱っているテーマはそれぞれに重いのだが読後は爽やかな後味が残る。自分にゲスな野次馬根性があったこともこういうのが読めたのだから結果としてはよかったのかなと正当化してみる。ムーミンパパ凄い。